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キャノンの由来 フイルムカメラに変わってデジカメの時代に。 各メーカーの競争は熾烈を極める。 戦後、日本のカメラ業界は飛躍的に 発展してきた。 代表的なメーカーのキャノン。 別に宣伝のつもりは毛頭無いが ブランド名の由来がおもしろい。 3つの質問、ヒントがある。 1)大砲のキャノンから 2)観音(かんのん)さまから 3)貴矢野という社長名から 正解は2)である。 キャノンの創始者の吉田五郎は 信仰心のあつい人で、別名を観自在菩薩(世の中を 全て見通す仏様)といわれた事から、キャノンとつけたいう。 デジタルを含むカメラは正直で、素直に被写体を捉えてくれる。 世間を見通すツールのようにも思えるが。 しかし、デジカメはソフトによって、がらりとその様相を変えてしまう。 3)の社長名をつけたものにコニカがある。 国産カメラメーカーの最も古いコニカ。 その創業者の小西六右衛門から命名。 コニカはミノルタと合併し、今は ソニーがカメラ部門
お地蔵さん……ん?(前篇) 「お地蔵さん」 田舎の我が家の前には地蔵堂があり、その中には記憶では33体のお地蔵様が祀られてある。33体という数は曖昧である。子供の頃に父か母に、それだけの数の地蔵さんが安置されてあると聞いただけで、その頃は、ふん、そう、で終わっていた。 お地蔵さんの数がこれだけ揃っているのは珍しいのだ、とも、その時に聞いたような気がするが、関心のないガキの耳は素通りするばかりだった。 ← 地蔵堂と思い込んでいたが、その実…。 もう、十年以上の昔になるが、古い木造の地蔵堂は改築されてコンクリート製の立派なものになった。その際、地蔵堂の向きも、それまでは我が家に直面していたのがA家に正対する向きに変わった。 老朽化の故に改築するのは分かるとして、何故、向きまで変わったのだろうか。地元の富豪で、蔵が三つあるA家の威光なのだろうか。 それとも、単に、我が家と地蔵堂の間の道が狭く(車は擦れ違えない)、それに対し、A家と現行の地蔵堂の間の道のほうが、やや広く、車の通行量も人通りも多いからなのだろうか。 恐らくは後者の理由によるものなのだろう。堂の立派さより、向きが変わったこと
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